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「原爆」① ツイッター056補足

被爆体験を綴った先生の私小説「忘れ水物語」あとがきより

(丸木夫妻の描かれた絵をみての感想続き)
書かねばならぬことは、事実よりも、その事実に遭遇した人々の想念なのだ、と自覚させられた。

・・・以後、馬歳を重ねて四十余年、その間、肺癌にも罹り、いくらか人間の業のようなものが見えてきたといったら、生命冥加を知らぬ奴めがと、またまた死神を刺激することになるであろうか。

しかし、人は、生まれ変わり死に変わりすることが、生命の存続であると知ったからには、書き残されねばならぬことは、その凄絶さではなかった。その修羅ぶりでもなかった。
そんな時、ふと、巻頭に揚げた和歌が、その思いをまとめてくれたのである。

忘れぬる あしたの原の 忘れ水 行くかたしらぬ わがこころかな

・・・忘れても忘れ得ざるわがこころの秘めごとを、私は素直に書き綴ればよいんだ、と思った。それは一口に言って、幼な心に通う。・・・・・

*あとがきはまだまだ続きますが、今回はとりあえずここまでの掲載にします。
「忘れ水物語」上原輝男著 1989年 2月6日 第1刷発行 主婦の友社
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「敗北」② ツイッター053補足

神様が零落する、おちぶれてしまう、ということにひかれるんですよ。 ・・・落ちる事を「神と人」との関係でいったのが『落人』です。これが「人と人」との関係になると『心中』なんです。・・・
折口説で言えば『貴種流離』譚が日本の物語で・・・おちた者は『身分の高い者』だから落ちるという事なんです。
 ドングリの背比べのような、今日の悪いデモクラシー観では落ちようがないから、日本人の感情が廃れていってしまうんだよ。     (昭和59年 日本教育史特講)



注)「貴種流離」とは上原先生のお師匠様である「折口信夫先生」の説かれた説です。ごく簡単にいえば特別な使命を帯びた魂・神格に近い魂をおびた者は、この世で様々な苦労・・・魂のレベルが高いほど大変な苦難にみまわれて、ついには高き境地に達する、というようなパターンのことです。日本の昔話や民話、神話、あるいは芸能などにはこの型の物語がたくさんあります。

もっと広く考えれば、スポ根ものなどで一見目立たなかったヒロインが指導者に才能を見出された結果、周囲に妬まれ、いじめられ、その上辛い特訓もさせられて苦悩する・・・なんていうのもこれにあたると思われます。

これは上原先生の「犠牲論」とも関わる内容で、大胆に言えば子ども番組・・・初期の頃の「仮面ライダー」や「初代ウルトラマン」もこうした発想がベースにあると思います。

「頑張る」② ツイッター051補足

じゃ、何て言ってたかっていうと「しっかりやれ」ってなこと。少なくとも女性はあまり使わなかった。男性の荒くれ男がいい加減に使っていた。と言う事は感覚が失われていると言えるんじゃないかな、と僕は思う。
 第一「頑張れ」とは「頑(かたく)な」を言い張りなさい、って事だよ。頑なになりなさい。偏狭になりなさい、って事だよ。頑固になりなさい、と同じ事だよ。そんないい加減なこと、もう止めよう。あの「がんばれ」っていうの。
子ども達に「頑張れ」なんて言わないようにしよう。「しっかり」は和語だからいいだろう。だいたい外来語だもの。「頑張れ」なんて。「がん」なんて言葉は、日本人はあんまり好きじゃない。 (平成四年合宿)

(「お見舞い」の話題で)
 「頑張れ」とは誰にでも通用する事ではないです。相手によっては「もう頑張らなくてもいいよ。」と言ってあげるのが大事なんです。
(平成元年六月例会)

→(編集者)「頑張る」 ツイッター 049補足 の際にも書きましたが、勉強でも闘病でも自分では精一杯頑張っている・耐えていると感じている時に「頑張れ!」と言われると、本当に絶望的な気持ちになってしまうことがあります。
個人的な想いを書かせて頂くと、一生懸命にやってきた自分のことが全否定される感覚になるんです。以前、私が相当追いつめられた時に「まだまだ努力が足りない、って神様が言っているんだよ」と激励されたことがあるんですが、思わず「これ以上どう頑張れっていうんだよ!」とパニックを起こしてしまったことがあります。

先生が後半に発言している言葉ですが、広島で被爆されて原爆病からくる肺がん手術などもされていた先生だからこその実感があります。

「我慢」 ツイッター 050補足

「我慢」というのは「我 おごる」と書くわけで、考えてみると、親が子供に「おにいちゃんだから、おねえちゃんだから、我慢しなさい」と言い、弟の方に向かって、あるいは妹の方に向かって、我慢しなさいとは言っていないことから考えても、つまり、高き位置にいる者が、高き位置にいるんだから、それを許してやれというのが本音だと思う。
(かぶき十話 P,12)

→(編集者)現代社会は他人に対しては過度に「我慢を強いる」ことをしながら、自分は「欲望のままにやりたいほうだい」という傾向の人間が目立ちます。「やったもの勝ち」なんていうのはその典型。
自分を高める「気位」の意識とつながって自分に向けるならいざ知らず、結局は自分の思い通りにしたいがために、それを妨げる行為に対して他人には我慢することを当然のごとくに要求するという極めて幼稚な意識です。
子どもに対して「結果を出すために 我慢」を強いる場合も、口では「お前の将来を思ってのことなのだ」と言いつつ、本音は大人の側の利益のためということも多いわけで・・・子どもはちゃんとそれを見抜いています。

もっとも勤務評定などで結果を出さないと上からヤイヤイ言われ、立場が保証されなくなっている学校側を一方的に責めるわけにはいかないのもまた事実。
ホンモノの教育をしようとすればするほど、親からも行政・政治からも批判される世の中ですから。

「頑張る」 ツイッター 049補足

どうしてあんなに日本人は頑張ろう、頑張ろうというんだろうと思う。何かあると、頑張ろうとやる。ところが私たちが子供の時分には、頑張ろうなんて言葉はあまり聞いたことがない。頑張るということは醜いことだ(関西では「我滅(ガメツ)い」という意味で)という気持ちが、どこかにあったような気がする。ところが、いまは老いも若きも男も女も「頑張ろう」という。
「頑張る」というのは「我を言い立てる」ということで、そんないい言葉だと思われたり、すばらしい言葉であるわけはなかった。だから先の「我滅い」と同義語になるのであろう。
(かぶき十話 P,11)

→(編集者)ネット上で 「がんばれ!」と言うだけでは動けない子どもにかける言葉 http://benesse.jp/kosodate/201807/20180710-1.html というのを特集しているサイトをみかけたので、先生の発現も掲載した次第です。
 ネットで「頑張れ」等々の言葉を検索すると、マイナス面を紹介しているサイトが結構でてきます。
 私自身(編者)もそうでしたが、「頑張れ」と言われて前向きになれる人間に対してはいいのかもしれませんが、逆に自己否定になってしまう人間も少なくないということは是非知って欲しいものです。
 特に「競争原理」「成果主義」の世の中は要注意。

 仮に結果を求めて頑張れと言われて、必死に結果を出せた人間でも、それを出し続けることを要求されると、ある時点で突然破綻がきます。

プロフィール

HN:
jigentai
性別:
非公開
自己紹介:
成長しつつある子どもの言語生態を、正確に見届けることを、何よりの教育の基礎に据え、そこから出発すべきという姿勢で50年間続いている、玉川大学文学部教授 故上原輝男先生の門下生を中心とした研究会です。

過去に発行した雑誌すべてはこちらで閲覧できます。
広島大学 学術情報リポジトリ
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/journal/JidouGengoSeitaiKenkyu

今年、「児童の言語生態研究会 創立50周年記念公開授業及び研究発表会」が予定されています。
日 時 2018年(平成30年)10月27日(土)
場 所 聖徳学園小学校 東京都武蔵野市境南町2-11-8 JR中央線武蔵境駅 徒歩5分

申し込み方法をはじめ、詳しい要項は児言態ホームページに掲載

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