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上原輝男記念会 上原先生著書からの語録

「上原輝男記念会 上原先生語録集」では元玉川大学教授、上原輝男(文学博士 専攻 心意伝承学)の語録を紹介しています。 非常に多岐に渡っていますが、先生が生涯をかけて探求された、この風土、歴史、文化に根付いた<日本人>ということですべては繋がっています。 多様な価値観によってふだんの生活も国際社会での関りも難しさをます現代社会において、先生の語録は大きなヒントになると考えています。

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「教え は 作用の感染」

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藝談の研究 心意伝承考  (昭和47年 早稲田大学出版部)

・折口先生は、教育は感染作用だと言われたことがあるが(注)、それは教育の定義というよりも、教育という人間行為を、人間生命の不連続の連続という人間関係の中で把えた、またそうした人間関係を関係づけしめる人間本性に深く根差した見解であったと思う。・・・・・

”教え”は、解答として求められはしなくて、求める者に感染(うつり)感応する働き(作用)を言っている。・・・・教わろうとすることは、感染・感応を期して受けようとしているのである。感染作用が起きたとき、伝わったのであり、またそうあるべく伝授するのであって、ものを伝授しようとするのではない。

注)折口信夫全集第十巻「歌及び歌物語」八ふりの項参照 

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なるべく分かりやすい部分んを選んで抜粋しましたが、この「藝談の研究」は難解である事の多い先生の著書の中でも最も難解と言われています。漢字も敢えて旧漢字が使われていますし、言い回しも難しい。

なので、現代にとっては身近な「テスト対策教育」と関連させて述べたいと思います。

現代の教育は、ここで述べられているのとは真逆になっていることが多いです。
模範とされる「解答」が示され、それを「暗記」させられる。「ものの伝授」のみです。
だから伝授された内容とちょっとでもずれていると、もうそれを活かせない。
俗にいう「応用力がない」「頭が固い」という子どもを事実上育てています。

でもそんな教育法が「無駄のない合理的な教育法」とされているわけです。
習った通りの問題ばかりが多い小学校のペーパーテストならそれですぐに100点が狙えるから勉強のできる子になった、と大人は安心します。

中学校になる頃にはかなり怪しくなる。

*もっとも中学校の先生によっては、親や上から指導力を疑われる等々の理由で、問題集やプリントとほとんど同じ問題を出す方も少なからずいらしゃるんですよね。中3であっても教科書の章末問題と全く同じ問題を出題されている方もありました。そんな学校の生徒を家庭教師で担当したことがあります。
担当するようになってすぐにあった期末テストの前日、数学で全く内容を理解していなかったので説明しようとしたら「そんなのいいから、答えだけ教えて。それを覚えるから」と。
テスト前日ということもあったので、「本当はこんなやりかたは人間力につながらないからね」と伝えつつも、仕方なく私が章末問を解いて紙に書き渡しました。

結果は95点くらいだったと思います。数字を覚え間違いして一つ間違えてしまったと。
学年の数学の平均点は90点以上でした。そりゃ当然ですよね。

でも中学3年生以上になると入試に向けての模擬テストなどが毎月行われる学校もあります。
そうすると完全のお手上げなんですよね。学校のテストでは高得点をとっていても、事前に問題を知らされていない学力テストなどでは平均を大きく下回る生徒が続出です。

高校になると試験範囲が広く、内容も複雑になるので、全教科を力づくの暗記で乗り越えるのは至難の業。それでも覚えて学校のテストは全教科高得点をとる子はいます。でも心身はボロボロになっていく・・・・
逆に幼少期から頭がちゃんと使えるように成長してきた子は、それほど勉強時間をとっていなくても、同じような点、あるいはもっと上の点がとれるんですよね。

初等教育段階などはまさに「もの(知識)の伝授」ではなく「作用(ものの見方・考え方等々)」の勉強への姿勢、そしてそれに伴い「好奇心・学ぶ楽しさ・喜び」を伝授することが重要となっていきます。

さらにいえば、すべての教科が専門ではない小学校の先生こそ、苦手、嫌いな教科(分野)に対する良き向かいあい方を授業で示すことができます。
「先生でも苦手な教科とか嫌いな教科があるんだ。それでも先生は面白がってるみたいだな」という具合。子ども達と一緒になって学ぶ楽しさを味わう・・・まさに子弟同行ですよね。


「小学校でも教科担任制を」という声は以前からもあります。
それは「知識というモノの伝授が教育」という発想です。

上原先生は小学校は絶対に学級担任制であるべきだと主張されていました。
その理由の一つがこの「作用(姿勢)」の伝授が小学校の先生の役割だからです。
(もう一つの理由についてはまた別の機会に)



私が学校に勤めていたころ「知識偏重教育」への反省から、真の学力・生きた学力の育成のために「関心・意欲・態度」を育てることが盛んに言われました。

せっかくこういうことが強調された時代もあったのに・・・・「早い安い」式の教育によっての合理化で、学ぶ際の子ども達の「あれこれの中で遊ぶ」がムダとされてしまったんですね。

*別ブログ「たぬきの館」
上原輝男語録にみる古来日本人の感覚ー8 「あれこれ」
https://ameblo.jp/tanukidayo/entry-12845215979.html

も是非あわせてご覧ください。
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プロフィール

HN:
上原輝男記念会
性別:
非公開
自己紹介:
本会は、上原輝男の功績を顕彰し、民俗学・国語教育学の発展に寄与する研究と交流を目的として設立されました。

ここでは上原先生が探求された事柄を、広く一般の方々にも知って頂くために、先生のあらゆる分野の語録を紹介しています。

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