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日本人の心をほどく かぶき十話 より
平成7年5月13月 オリジン社
歌舞伎は日本人の心の偏向
なぜ私が歌舞伎を取り上げるかというと、能(謡曲)よりも歌舞伎の方が知識人がつくっていないという理由からである。庶民がつくったものであるから、理屈があってつくっているわけではない。つまり、偏向がまま、偏りのまま、好きな放題につくってきたということである。だから、学問的に処理する場合、一番自然な形でいい材料があるというふうに考えている。 p13
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私(駿煌会主宰 HN 虚空)がしばしば引用している言葉です。
歌舞伎の書物ではありますが、「歌舞伎解説」が目的ではないということです。
解明しようとしているのは「日本人の心の偏向」・・・日本人の特徴です。
ですから「歌舞伎の話なのね」「歌舞伎?自分には関係ない」という姿勢では、最も肝心な部分が伝わらない。
私が常々もったいないと思っているのは、この「かぶき十話」は様々な人達にとって関りの深いことが満載なのに、「かぶきの本」ということだけで、一般の方々には手にもとってもらえない、仮に手をとって頂けても、先のような意識で、みなさんとは切り離されて読まれてしまう、ということです。
私はこの歌舞伎を現代に素直に当てはめると「漫画」「アニメ」「(ストーリーものの)ゲーム」などになるだろうという発想で読んでいます。これらのものを通して、上原先生の追い続けていた<日本人の根底にあるもの>のが垣間見られるのではないか、ということです。
実際に駿煌会の若者たちや、家庭教師での中高生、大学生、斜偉人の人達と漫画やアニメなどの話になることが多いのですが、それらの背景にある日本人の偏向性に対して強い興味を抱いてくれる方々は多いです。
国語の文学教材や古典などとの接点、また私の場合は、駿煌会で数学が専門のHN諷虹君などと「理数」の話と「アニメ」の話と「上原先生の説くに古来からの日本人の心」はとっても相性がいいんですよね。
数学的な論理の世界も、物理学などの自然科学も、根底にあるのは「世の中の真理」の探究。
それを言葉で行えば「心意伝承」「集合的無意識」となり
数式・図式で行えば「数学」「自然科学」になるということですから。
さらにいえば、上原先生は「論理」と「感情・イメージ」は別々のものとはとらえていません。
人間の中では密接に関わり合っているものどうしだと。
そのせめぎあいが顕著に表面化し、子ども達の日常を最新の注意をもって見守らなければならないのが小学校の中学年・・・特に4年生あたりからです。
心やイメージは個人単位だけではなく、民族単位でも偏り「偏向性」がある。
その偏りを積極的に活かしつつ、社会のなかでみんなが共存共栄していけるか・・・そうした姿も歌舞伎の向こう側に垣間見られるというだけではありません。
歌舞伎が「型」を重視するということにおいて、どうして「型」(様式)が芝居という感情・イメージの世界とつながるのかということの解明は、数学・理数といういわゆる理系分野の視点もいれながら、文系分野も考えるということそのものだと、私はとらえています。
この発想は、教師であれば「心に響く授業」を実践するための重要なヒントとなります。
常識の枠にとらわれなければ、見かけ上はまるで関係なさそうな分野のことが、様々な分野と響き合い、子ども達の中にネットワークを形成していきます。
そうした教育の段階がまさに小学校の先生の役割なんだと上原先生は主張している。
だから「学級担任制」が大切だ・・・という話になっていくわけです。
一人の子ども達が各教科や分野、そして娯楽に対してどのように響いているかを総合的に把握できるのが学級担任。何もそれぞれの分野の専門家である必要はないんです。むしろ専門がはっきりしているほど垣根をつくることを働きかけてしまう危険もありますから。
小学校の先生は一人一人の子ども達の「まるごと全体」を把握し、その中で次のステップに進めそうな分野、つながりを見出せそうな分野をみつけ、そこに適切な刺激を与え紗絵すればいいんです。
そうしたら勝手に子ども達は伸びていくし、そういった土台を小学校段階で整えてもらえれば、中学生以降の知的学習も各教科を統合した形で結び付けながら伸びていくことが期待できます。
「たぬきの館」の方でも書いたことですが先生が「テレビ作家」とか、あるいは「歌舞伎」を話題にして書いている文章でも、そのような枠にとらわれて読んだら、それっきりなんですよね。
先生の言葉にふれるコツは、見た目の言葉にとらわれないで、みなさんの中でどんどん他の分野との接点を見いだしあてはめてみる、
上原先生が説いているのは上原個人の思想ではありません。
日本人(人間)の根源の研究ですから誰にでも無意識の中にあることです。
ですから、「人々の心に深く響いて欲しい」という願いをもって創作活動をされている方々、あるいは商品開発などの経済活動をされている方々、教育に限らず福祉分野などで人と関わる方々・・・・子育てをしている親御さん達・・・・先生の説かれている内容は、全ての人達にとって、大いに参考になることの宝庫です。
参考)先の文に先立ち、この著書の基本姿勢について、線背はこのように書いています。
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日本人の心の仕組みと整えをほどく
この本の角書に"日本人の心をほどく"とつけたところがミソで、最初の段階ではもっと丁寧に「日本人の心の仕組みと整えをほどくかぶき十話」と、こういうデーマを考えた。・・・・・
日本人の心は、どんなふうに仕組まれているのだろうか、あるいは整えられているんだろうかという問題を考えてみたいということである。
歌舞伎の解説・ガイドブックの類はたくさん出版されている。また、ここでそれを学問的に歌舞伎 の成立史だとか、あるいは歌舞伎の芸の説明をすることは省略する。
歌舞伎の成立を取り扱うことに よって日本人の心をほどいてみようという、そういう開き直りのつもりもないが、ごく自然な形で、 日本人の心がどんなふうにつくられてきているのかを問うてみたいと思っている。だから、先年まで 「心の民俗学」というような名で呼ぼうとしたことがあった。
p10
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本日更新のブログ「たぬきの館」
上原輝男語録にみる古来日本人の感覚ー9 「テレビ作家の教育力」
もあわせてご覧ください。
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