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上原輝男記念会 上原先生著書からの語録

「上原輝男記念会 上原先生語録集」では元玉川大学教授、上原輝男(文学博士 専攻 心意伝承学)の語録を紹介しています。 非常に多岐に渡っていますが、先生が生涯をかけて探求された、この風土、歴史、文化に根付いた<日本人>ということですべては繋がっています。 多様な価値観によってふだんの生活も国際社会での関りも難しさをます現代社会において、先生の語録は大きなヒントになると考えています。

「馬」⑥ ツイッター038補足

平成6年 新潟県での夏合宿で行った「三つのことば合わせ」研究授業後の発言です。
*授業の指導案・授業記録はこちらで閲覧できます。  http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/journal/JidouGengoSeitaiKenkyu/--/15/article/45179
いやあ、本当に嬉しかったよ。『鏡と馬と人形』とくっつけるなんてびっくりしたね。特に僕は今『馬』を問題にしてるから。
・・・だって日本人の馬はあれなんだもん。・・・馬がなぜ神格を持つか、っていうのは『鏡の中に入り得る』からなんだよ。日本の馬は神様が乗ってるからなんだ。・・・ああいうくっつけ方ができるのは馬が神格を持つから。その神格の象徴が人形で、そういうものを人間にどう置き換えてくるかっていうのは鏡を通して訴えてくる。だから今でも合格祈願を絵馬に書き込むんだよ。そして神様に差し出すんだよ。イメージの証拠品ですよ、あの絵馬っていうのは。

 『夕日』と『馬』とを重ねるっていうのはやっぱりいいよ。うーん、日本人的イメージだよ。しかもトンネルの中でしょ。『鏡と馬と人形』とおんなじ感触じゃないかな・・・。       (平成六年合宿)
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「馬」⑤ ツイッター037補足

馬を手放したから日本人のイメージが正常に動かなくなったのかもしれない。かつては馬によって『私はどこへ連れて行ってもらえるのだろう。』と考えていた。(平成七年忘年会) 

(平成7年 夏合宿にて 「神が我々の運命を牛耳っている」という話題から)
 そうです。そして早くそれを知りたいってするのが世の中の人間なんですよね。少しでも早く予知できればっていう。そのために、予知能力の高い『馬』なんかを飼う。 

機動力を発揮させる為に馬を牛を、って考えている訳じゃないんだよ。

我々に教えてくれる、ってことで飼っているんでしょうね。

「馬」④ ツイッター036補足

馬は我々のかわりを全部つとめてくれる・・・イメージを全部、馬がしいてくれる・・・

平成7年 岩手合宿で出会った馬のおじいさんのお話し、続きです。

つい最近まで、水沢の競馬場で走っていたっていうサラブレッドがいてね、白馬でね、その子どもがいるんだよ。おもちゃみたいなこんな子馬だけれども、サラブレッドっていうのはきれだね。・・・

それで、片一方には南部駒がいるんだよ。それも白馬なんだけれども、かわらげって言ったね。それで、そのおじいさんすごいんだよ。蒙古に行ってたって。馬のために馬を見に。

 でも、馬ってどうしてああも西洋東洋を問わずどうしてあんなやさしい目をしているの。おじいさんがいいからだと思うけれど。で、おじいさん日く、どさんこの馬は、これはもう比べようがありませんよって、放牧させるんだって、裏山で、そしたら、裏の山に上がる時なんか、坂になってるんだけれども、絶対にどさんこだって。坂道下る時もどさんこだって。

もう何しろね、平地を走らせたらね、うさぎとかめの話じゃないけれど、どさんこは後ろからポコポコついてくるそのかわり距離が長くなつたら、前のやつはもうばててきて、そして、さらに長くなったら、もうどさんこの方が絶対に前に行く。そして、地面がこうなってきたら、絶対によう歩かんて、競走馬なんてのはね。それに、坂道下る時にはね、足折っちまうって。ところがどさんこは折ったりしないって。おしりつけちゃうんだって。                   

きのう見た馬の方がよっぽどイメージが豊かだよ。

N・S 素直さが神に通じるんですね。

そうですよ。どうして昨日の馬の批評があまりでないなと思って僕は寂しく思っていたんだけどみんな感動が深すぎたから、出てこないんだろうと思っていたんだけれど。

馬はあれだろ、やっぱり素直なんですよ。それは思うよ。人間は長い間、馬と生活してきたんだから、あの素直さに打たれたんだと思うよ。
秋田には『どんな飢餓でも馬だけは手放すな。』という言葉がある。エサのある所に引っ張ってくれるというんだ。

・・・『世界定め』は馬がしてくれた、ともいえる。
                
そのおじいさんに言ったんだよ。「『人間が馬を駆使していると考えちゃいけない。馬がいたから人間がいたんだ。』そう考えたらわからない事がたくさんわかるようになってきましたよ。」と言ったらおじいさん喜んでいたよ。・・・
(平成七年合宿) 

「馬」③ツイッター035補足

『馬』は上原先生の勝手な研究だと思わないでください。イメージ研究を象徴的に捉えるならば『馬』だって言ってもいいだろうと思う。


以下は平成7年の岩手合宿で出会った馬を飼っているおじいさん。先生は我々より一足先に会ってきていていました。

・・・七十七歳のおじいさんがいるっていうことがわかった。それで、そこへ行きましょうということで行った。・・・小学校1~2年生の時には馬を扱う道具、専門家が知っている様な道具は全部知っておりましたって、そして、十七歳の時に百キロの道を歩きましたって、そういうおじいちゃんに会ったの今日。

それで、今でも馬飼っているんだよ、三頭。で、馬のことをいろいろ教えてもらった。

まあ、話が長くなるから、一番重大な話をしますが、おじいさんの話と私の話がピシャッと合ったことがある。おじいさんの説でね、もう南部馬っていうのはいないんだって。南部駒っていうのは。ただし、南部馬は、北海道のどさんこという馬が南部馬だっていうの。

それは、おじいさんの説なんだけど、誰が何と言おうと私はそういう説を持っているって。北前船をご存じでしょうって、北前船が、南部の駒を積んで北海道へ行ったっていうんだよ。そして、帰りに北海道の物を積んで帰ってきたんだつて。

帰りには南部の駒はいらないから捨ててきたんだって。こんぶだとか、なんだとかのかわりに捨ててきたんだっで。そして、かわいそうに馬は置き去りになったんだって。そして、馬は冬を越したんだって。で、えさも満足に与えられなくて、どさんこは南部馬よりも小さいんだって。えさがないから。

だけれども、あれはぜったいに南部駒の子孫なんだと、おじいさんは言うわけよ。で、北海道の馬の専門家たちが、それを実証するものがないって言っだって言うんだよ。北海道のどさんこは南部駒であるということが実証できないって。


でも、私はわかるんだって。見たらわかるんだって。そういつ顔だしね。それでね、歩きっぷりがそうなんだって。歩きっぷりが違うって。どう歩くと思う?まだ専門家達気がついていないそうだ。右左ね、前足を出したら後ろ足は、左がついてくる。左が出た時には右足が出てくるんだって。サラブレットとかアラブの馬は。西洋系の馬は。

ところが、日本の馬はそうじゃないんだって。いっしょに出ちゃうんだって。じゃあ、おじさん、これはどうだって。日本人は、今でこそこうやって歩きますが、あれは、明治以後の軍隊が入ってからああいうふうに日本人は訓練されて、こうやって歩けるようになったんですよってだからそれまでの日本人はみんなこうやって歩いていたんですよって。僕は、それを話したの。それは私の専門ですからって。交互に出すから、それを南蛮の手っていうんだから。やっこさんの踊りなんか見てても、みんなこうやって踊るだろ。しかも、こういう話もしたんだよ。剣道でも、餅つきの時でも、日本人は右足に右、右手を前の人は右足を踏んで前を出すとそれで、左手の人は左足と、いうのが日本式なんですと。

だからね、俺、その話聞いてね、ああ、神様はそうしているんじゃないかと思ったね。なーに人間だけじゃない、こちらに住んでいる動物はみんなそうなるんだって。こんないい話をおじさんがしてくれた。すばらしいでしょう。

それでないとイメージが狂うんだよ東洋系の動物のイメージは。だから、動物的本能なんだよ。なんでもいいように考えて教育できると思ったのが失敗よ。

(続く)
注)古来の日本人の歩き方については古武術家の甲野さんも「ナンバ歩き」として何年も前から紹介しています。

「馬」②ツイッター034補足


聞いたんだけど、日本人は競馬好きだが、中でも大好きなのが『差し馬』なんだって。『真っ直ぐ』という事に『示唆性』を感じるんでしょうね。・・・
 勝ち負けじゃないのよ。『走ってどうする』はないんだよ。あの走りの姿『ひたすら走る姿』が見たいんだよ。(平成八年三月例会)

上原先生の晩年は「馬」のイメージ探求にかなり費やされていました。
馬に関してふれている記述も多数残っています。
その中から今回のツイッターに関連が深いと思われる一文を紹介します。

「曽我の雨・牛若の衣装 ~心意伝承の残像~」
P,205
 まだ断定は許されないが、われわれの先祖は、少くとも神は馬に乗って来ると思っていた。-あるいは、馬は神を乗せて現われる。そのいずれかに思う時代は、相当に長かったのである。
 
少々うるさくなるが、ここを明らかにしなければ先に進めない。私も迂闊に、神は馬に乗ってくるとか、馬は神を乗せて現われるとか言ったが、一体、どこから、どこへ来るのか、現われるのか。人間のイメージは無責任で、論理的ではない。

しかし、まちがいなく、このイメージが方向感覚を持っていることは確かだから、来るし、現われるし、どこかへ向かっている。そのどこかを捨ててしまって、いずれが早いかというのが現代にまで競馬となって残ったといえる。

しかしこの競馬だって、論理的に考えるとおかしいもので、いずれが早いかで、勝敗の問題にすりかえていることになるが、ゴールがもう半周あったら、その決着はちがっている。

結局人開がみているのは、勝敗のゴールインよりも、そのお目当ての馬の走りをみているにちがいない。ある方向から現われ、ある方向へ走り去っていく。それが人開のイメージを最も刺激するのである。

早さとは本当に、距離を時問で割ることであろうか。


 早さは疾風に比す形容であって、疾風にここからあそこまでがないのと等しく、強いて言うなら、二番手はもはやはやくもなければ、走りのイメージではない。先頭を切る。初の、初めての感動を伴ってこそ走りだといえる。


(編者注 上原先生は特に競走馬の世界には触れていたわけではないので、実際に競走馬に詳しい方々からすればこの内容が的を得ているかどうかは分かりません。
 もしも競走馬に詳しい方からして、異論があった時には、無意識の世界で人間が馬を通して何を感じ取っていたのだろうということの推察という趣旨をご理解ください) 

次回③としては「馬に導かれるイメージ世界」という観点の語録を予定しています。

プロフィール

HN:
上原輝男記念会
性別:
非公開
自己紹介:
本会は、上原輝男の功績を顕彰し、民俗学・国語教育学の発展に寄与する研究と交流を目的として設立されました。

ここでは上原先生が探求された事柄を、広く一般の方々にも知って頂くために、先生のあらゆる分野の語録を紹介しています。

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