被爆体験を綴った先生の私小説「忘れ水物語」あとがきより
(丸木夫妻の描かれた絵をみての感想続き)
書かねばならぬことは、事実よりも、その事実に遭遇した人々の想念なのだ、と自覚させられた。
・・・以後、馬歳を重ねて四十余年、その間、肺癌にも罹り、いくらか人間の業のようなものが見えてきたといったら、生命冥加を知らぬ奴めがと、またまた死神を刺激することになるであろうか。
しかし、人は、生まれ変わり死に変わりすることが、生命の存続であると知ったからには、書き残されねばならぬことは、その凄絶さではなかった。その修羅ぶりでもなかった。
そんな時、ふと、巻頭に揚げた和歌が、その思いをまとめてくれたのである。
忘れぬる あしたの原の 忘れ水 行くかたしらぬ わがこころかな
・・・忘れても忘れ得ざるわがこころの秘めごとを、私は素直に書き綴ればよいんだ、と思った。それは一口に言って、幼な心に通う。・・・・・
*あとがきはまだまだ続きますが、今回はとりあえずここまでの掲載にします。
「忘れ水物語」上原輝男著 1989年 2月6日 第1刷発行 主婦の友社
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